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前回は、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)」※の目標3についてご紹介しました。今回は、目標2について紹介したいと思います。※「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)」:2016年から2030年までの15年間に、日本を含む世界のすべての国々が達成すべき目標。貧困・格差、気候変動などの課題について17の目標が定められている。「誰一人取り残さない」がキャッチフレーズになっている。これまでの記事でも紹介があったように、SDGsの17の目標は相互に連関しています。その中でも他の目標と最も相互連関性の高い目標のひとつが、SDGsの目標2(飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する)に掲げられている栄養改善に関する目標であると言えるでしょう。2016年版のGlobal Nutrition Report(世界栄養報告) では、SDGsの17の目標のうち、12の目標が栄養に関連していることが示されています(表1参照)。同報告書の2015年版によると、良好な栄養状態を実現することは、食と健康に関する人権を実現することと同義です。また、良好な栄養状態は、SDGs時代の代表的な課題である格差を是正することにも繋がると言われています。栄養状態の向上は、世代を超えて続く貧困のサイクルを断ち切り、さらに、広い意味での経済成長を生み出し、個人、家族、コミュニティ、そして国家レベルで多くの効果をもたらすことに繋がります。世界では未だ8億人近くが慢性的栄養不足、20億人以上が微量栄養素不足の状態にある¹SDGsの時代を担う子どもたちに目を向けてみると、栄養不良は、年間590万人に上る5歳未満児の死亡要因の約半数に関係しており、また、5歳以下の1億5,900万人の子どもたちが発育阻害(年齢に対し低身長)の状態にあります 。このように、栄養不良は現代の世界を覆う大変深刻な課題ですが、栄養改善については必要な対策が未だ十分に採られているとは言い難い状況にあります。国際食糧政策研究所によると、各国やドナーが現行の対策を続ける限り、SDGsの2.2で掲げられた国際的に合意されたターゲットであるWHO国際栄養目標2025の6つの目標を、期限までに達成できる国は約3割に止まる見込みです ²。この目標が達成されない限り、SDGsの目標達成も難しいでしょう。そして、世界銀行によるとWHO国際栄養目標2025の6つの目標のうち、4つを達成するための栄養直接介入に必要な投資額は、今後10年間で毎年新たに70億ドル(うちドナーによる必要投資額は毎年26億ドル)と試算されています 。------ 【SDGsターゲット2.2】 5 歳未満の子どもの発育阻害や消耗性疾患について国際的に合意されたターゲットを2025 年までに達成するなど、2030 年までにあらゆる形態の栄養不良を解消し、若年女子、妊婦・授乳婦及び高齢者の栄養ニーズへの対処を行う。 ------なぜ、このように深刻な課題である栄養改善に対し、必要な対策が十分に採られていないのでしょうか。その要因の一つとして、栄養改善の重要性が国際的にも国内的にも未だ十分には認識されておらず、栄養改善に向けた政治的な意思が不足していることが挙げられます。日本に対し国際的に大きな期待が寄せられている例えば、栄養改善に向けたマルチステイクホルダーの連携を促進する国際プラットフォームである「国際栄養のためのグローバル・アライアンス(GAIN)」は、「立ち上がれ日本!栄養のチャンピオンとして」と題する記事を通じて、日本が国際的に栄養改善の取り組みをリードするにふさわしい国であることを訴えています。その理由として、日本の国民が良好な栄養状態を維持しており、また、様々なステイクホルダーが、多様な栄養改善支援の取り組みを行っていることが挙げられています。2020年には東京オリンピックが開催されますが、2012年のロンドンオリンピックの時に構想され、2016年のリオ・オリンピックに引き継がれた重要なバトンが、日本に引き継がれることになっています。「成長のための栄養(Nutrition for Growth)」イベントです。国際的にも栄養改善で世界をリードすることが期待されている日本が、しっかりとこのバトンを受け継ぎ、栄養不良という世界が克服すべき課題の解決に向けて、リーダーシップを発揮すること、そしてそれを通じて、東京オリンピックの機会により多くの注目が栄養改善の分野に集まることを期待しています。ワールド・ビジョンは、全ての子どもたちの健やかな成長を願い、世界58カ国で2,600万人以上の子どもたちに対し、栄養改善に関する取り組みを行っています ⁴。加えて、栄養改善の重要性を一人でも多くの方に知ってもらい、栄養改善に関する取り組み機運を高め、栄養改善に向けた政治的意思を高めるため、志を同じくする他の団体とも協働しながらアドボカシーを行っています。皆さんにも、2020年の東京オリンピックの際に、栄養改善に向けた声が盛り上がり、政治的意思が高まるよう、ぜひ一緒に盛り上げていただけるとうれしいです。特定非営利活動法人 ワールド・ビジョン・ジャパン アドボカシー・シニア・アドバイザー 柴田哲子‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ ¹ FAO Press Release "UN General...

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今や情報技術は、社会や経済のインフラとなり、私たちは情報技術のない生活を想像することすら難しい。情報技術は便利さや効率化をもたらしてはきたが、一方で、必ずしも人の「こころ」を豊かにしてはこなかった。そこで、人がよりいきいきとした状態である「ウェルビーイング」のためのテクノロジーの設計論である「ポジティブ・コンピューティング(Positive Computing)」が注目されている。そもそも、人がよりいきいきとした状態を、情報技術によって実現することは可能なのか?また、そのためには、具体的に何をどうすればいいのか?ポジティブ・コンピューティングの概念を提唱する「ウェルビーイングの設計論 人がよりよく生きるための情報技術(原題:Positive Computing)」の監訳者のひとりであるNTT コミュニケーション科学基礎研究所 主任研究員(特別研究員)の渡邊淳司さんに、科学技術社会論が専門で東京大学特任講師の江間有沙さんとともに話を伺った。 問いを投げかけ、自分の頭で考えるための情報技術 渡邊さんはもともと大学でバーチャルリアリティ(VR)の研究からスタートし、知覚心理学や触覚を研究するようになった。その一方で、情報技術を使ったワークショップや作品展示を通じて、人が考えるための問いを提示する体験をつくってきた。渡邊さんが取り出したのは手のひらサイズの立方体の白い箱だ。渡邊:これ、体験したことありますか?2010年からこの装置を使ったワークショップ「心臓ピクニック」を行っています。 渡邊さん(右)が聴診器型のマイクを胸にあてると、心音が振動に変換されて、江間さん(左)が手に持っている立方体の白い箱が、あたかも本当の心臓のようにリアルタイムで拍動する。江間:すごい。渡邊:この装置を使うと、心臓の鼓動を手の上の振動として触覚的に感じることができます。僕、生きていますよね。当たり前ですけれど、「生命」とか「生きている」ということを概念として知っているのと、体験することは違うんです。他の人の心臓と交換してみると、速さとか強さがちょっとずつ違うんです。自分と他人の差異がわかると、だんだん概念を実感をもって理解するようになります。自分が生きていること、そのために心臓がずっと動き続けているということを実感して、他の人にもそれぞれ違うけど、同じ大事なものがあるということを体験してもらう、そんなワークショップをやってきました。江間:なんか不思議ですね。流れていますね。中に水が入っているわけじゃないのに、中を血液が流れているような気がする。渡邊:それは「心臓ピクニック」の共同研究者で、装置を制作した安藤英由樹先生のデザインの素晴らしいところで、軟らかい感覚とか、そういうものを硬い素材で作ることができる、そういうノウハウがあるから伝わるというのもありますね。最後にここ(電源プラグ)を抜いてください。江間:動かない。振ったら、中に液体が入っているんじゃないかという気がします。渡邊:当たり前ですが、電源プラグを抜くと振動はとまります。そのときに、少し切ない気持ちになったり、不思議な気持ちになったりすることがあるかもしれません。普通、電気を消してもこんな気持にはならない。触覚的な信号に、僕らは勝手に意味付けを始めているんですね。この振動は、触っているうちに、だんだん生命の象徴になってくる。触覚で感じるだけじゃなくて、それに意味付けをすることをやっていたんですね。江間:この形が絶妙ですよね。渡邊:そこは仲間と一緒にすごく考えました。「心臓の形のほうがいいんじゃない」とよく言われるんですが、もちろん考えてこの形にしているのです(笑)江間:硬いんだけれど硬くないとか、視覚的に心臓とは違うものなんだけど、とか、ちょっと違和感があって考えてしまいますね。でも、これはこれとして受け入れられる。適度な解像度での見立てが可能になる。でも、本物に似せると違う意味になりますよね。渡邊:そうすると、思考停止が起こるんです。江間:心臓に似せすぎると思考停止になるというのはまさにその通りだと思います。本物と近いけれど何かひとつだけでも違うものがあって違和感があると、存在を意識するから考える。だから、現実のものではない、現実にあったらどうか、と考えさせるものになる。そのインタフェースの絶妙さがないと、同じ技術を使っていてもあるものは思考停止の方向にいくだろうし、あるものは価値をすごく考えさせるようになります。技術は同じでも、それをどう編集するかどうか、ということですね。 「思考停止」させるような情報技術が氾濫している 渡邊: この本のなかに、「Human Autonomy」と「Machine Autonomy」という言葉がでてきます。「Human Autonomy」とは、心臓ピクニックのワークショップでの体験のように、人間が自分で自律的に何かを理解したり、判断したりすること。「Machine Autonomy」というのは、機械が人間を計測して、自律的に判断し、情報提示をする。例えば、この絵は、「心臓ピクニック」のように心拍を計測して提示することを「Machine Autonomy」の思想でやるとこうなるよね、と対比させるために作った絵です。心拍数を測って、「今あなたの心拍数はこうなので、甘いものを食べたらどう?」みたいに、「こうした方がいいよ」と表示するスマホのアプリです。でも、これがあったからといって、そんなに良い世界ではないんじゃないのかなと。江間:人が考えなくなる機械ですね。――こういう情報提示はよくありますよね。でも、これが嬉しいかというと、全然嬉しくない。渡邊:「Human Autonomy」の設計から考えると、まったく嬉しくないことだと思います。ただ、すべてがそういうわけではなくて、むしろ、人が考えなくてよいというニーズは多いともいえます。情報技術全体に言えることなんですが、一部の人、例えば2割くらいの人たちが「これはどうなんだろう?」と疑問を持ったとしても、残りの8割の人はもともと気にしていないということは良くあると思います。ただ、8割の人に受け入れられても「それをやって本当に大丈夫?意味があるの?」という問いかけは常に考えないといけない。同じように、本を書く人や情報技術を設計する人は人口の1%もいませんが、その1%の思想だけが1億人に出回ることは大丈夫なのかと。最近、他の人の世界が、自分の周りの世界と同じだと錯覚してしまう、フィルターバブルという話がよく出てきますが、実は1%の人たちは他の99%の人たちのことを全然わかっていないのかもしれません。「心拍数を測って甘いものをどうぞ」を嬉しいと考える人たちにとって、「何も考えず受け入れて、それでいいんですか?」と言う人がいても、「何を言われているのか全然わからない。そんなことを言ってどうするの?」となって、永遠に噛み合わないかもしれません。「甘いものをどうぞ」の情報技術は、人間の心を、機械と同じ信号処理のひとつとして扱うことになります。人間の心の状態が関数みたいな物で評価されて、それを最適化するように情報が人間に入力される。出力としての心の状態も、同じ入力に対しては常に同じ出力が出てくることが仮定されている。同じ入力をして、全然違う出力になったり、自分で意味を見出して、勝手な行動をしたりすることはない。でも、人間の心はもっと揺らいでいるものだし、個人差も大きいはずです。――ウェルビーイングのように、人のこころを豊かにするとか、感情とかに価値を置いた情報技術をやりましょうと、ここ10年くらい多くの人が言っていますが、それで出て来るプロダクトは「甘いものをどうぞ」というものですよね。どうしてこうなってしまうのでしょう?渡邊:どう考えたらよいかわからないのだと思います。何に基づいて、何を評価して、どうなることがベターなのか、そのための考え方自体が概念化されていない、もしくはそれがあっても広まっていない。そこで、考え方を世の中に示せないかというのがこの本の出版に、自分が関わったモチベーションなんですね。もっとも、これだけですべてのものをクリアに設計できるかというと疑問は残るんですが、まず考える土台を提供できるのではないでしょうか。――情報技術の怖いところは、最初に出たものがいったん受け入れられると広がってそれ以外の選択肢が失われてしまうところだと思っていて、さっきの話で言うと、1%の人たちの思想がいったん受け入れられると、100%の思想になってしまうんですよね。それが良いか悪いかという議論をする余地が今はあまりありません。渡邊:まさに、それが良いか悪いかという以前に、それを考えるプロセスがないことが問題だと思います。「出てきたから使います」をひたすら続けることが本当にいいのかと。「これって何の意味があるんだっけ?」と、自分にとっての意味を考えたり、価値を見つけたりする機会や時間、きっかけが必要です。江間:その話はすごく大事なような気がします。「心拍数を測って甘いものをどうぞ」の話でも、「自分の情報がわかって便利だし、これ欲しい」という人もいるかもしれない一方で、そこに対して疑問を呈する人もいるかもしれないですよね。同じ技術を見ていても、「いいね」と「いやだな」と反応が分かれるものこそ、なぜそう感じるのかということを対話する姿勢は大事だと思うんです。 ウェルビーイングを考えるための土台 渡邊さんらが監訳を担当した、ウェルビーイングの設計論 人がよりよく生きるための情報技術」(BNN新社、2017年)ラファエル・A・カルヴォ、ドリアン・ピーターズ 著、渡邊淳司、ドミニク・チェン 監訳)が先月発売された。――「ウェルビーイングの設計論 人がよりよく生きるための情報技術」では、個人のウェルビーイングを高めて人の潜在力を引き出し、社会全体の利益に貢献するようなテクノロジーの設計を「ポジティブ・コンピューティング」と呼び、ウェルビーイングの設計論の概念を整理しています。江間:渡邊さんは「ウェルビーイングはこれだよ」と言うのではなくて、「心臓ピクニック」のように問いを作ることで考えさせるプロセスに焦点を当てられているんですよね?渡邊:そうですね。江間:プロセスに注目したとき、「ポジティブ感情」や「共感」といった、心地良いものがあるからウェルビーイングを感じるというだけではないのでは?と思いました。例えば、不具合や違和感があるからこそ、ウェルビーイングに気づくとかもあるわけですよね。人によってウェルビーイングの要素の重み付けが違うとか。あるいはウェルビーイングとは何かを問いかけること自体が不快とか。ウェルビーイングとは何かということを問いかける、考えること自体に疲れてしまって、「一般的にウェルビーイングはこういうものだよ」と言ってくれるほうが嬉しい人もいるのかな?とか。ウェルビーイングって、どういうふうに理解されていますか?渡邊:正直、僕も、この本を読み始めるまでは、ウェルビーイングとはこれだという確固たる信念があったわけではありません。この本には、三つのウェルビーイングについて書かれています。はじめが、医学的なウェルビーイング。心身が機能的に不全でないということですね。健康診断や質問表によって測ることができます。二つ目が、快楽主義的ウェルビーイング。気持ちいいといった一時的な感情としてのウェルビーイングです。気持ちを聞くアンケートや、そのときの体の変化で測ることができます。三つ目が持続的ウェルビーイング。これを説明するのに、フローリシング(flourishing)という日本人には聞きなれない言葉が使われています。「開花」という意味なのですが、人間が心身の潜在能力を発揮し、意義を感じていること。一言で言うと「いきいきとした状態」の実現としてのウェルビーイング。ただし、三つ目が難しいのは、具体的なものと直接対応させることができない抽象的な概念として扱われていること。つまり、複雑で捉えどころがないけど、みんながそれについて同意できるもの。たとえば、天気や景気というのと似ています。それが何かはなんとなくわかるけど、具体的に表すとなると様々な要素が複雑に絡み合っている。だから、いろんな評価基準でいろんな角度から計測することになるのです。たとえば、ポジティブ感情だったり、自律的な行動だったり、自己効力感だったり、人とのつながりだったり、ウェルビーイングと関連するであろう要素をいろいろ計測することになります。あまり答えになっていないですが、ウェルビーイングとは、医学的に機能が不全でないことをもとにして、快楽的な感情だけでなく、持続的にいきいきと人間が生きていけること、及びその人間の性質を言うんじゃないかと思います。 ――なぜウェルビーイングだったんでしょうか?渡邊: 僕はバーチャルリアリティの研究室出身だということもあり、人間と技術の関係に興味がありました。ただ、最近、この業界がどの方向に向かっているのかわからなくなっている気がしていました。今現在、バーチャルリアリティは産業として社会に浸透してきていますが、多くは海外からだということがあります。日本では、いくら研究室で素晴らしい技術ができたとしても、ある日Googleが同じようなものを出してきたらみんなはそっちを使い出すわけです。残念ながら、日本ではアカデミアで生まれたものが産業につながりにくい構造になっている。また、アカデミアだからこそできる、エンタテインメントや新しい体験をつくるという取り組みもありますが、言葉は悪いですが面白いネタ出しをしているだけと見られてしまう状況もあって、僕には危機的な状況に見えたんですね。もちろん、アカデミアは教育という大きな仕事があるわけですが、それだけではない新しい方向性もあるんじゃないか、実はもっと扱うべき問題があるんじゃないかと思っていました。実は、僕個人としても、自身の2005年から2009年の触覚研究に関する大きな研究予算が終わり、その後の方向性を考えていた頃がありました。振り返ってみると、僕は触覚そのものに関心があるわけではなくて、触覚を通して何かの意味を理解したり、触覚を通して何かを伝えたりすることに興味があるんだなということがわかりました。それで「心臓ピクニック」などのワークショップの意味を考え直したり、それを本(『情報を生み出す触覚の知性』、化学同人、2014年)にまとめたりしてきました。それからだんだん、人の動機づけとか、人と社会のつながり、といったところに興味が移っていきました。あと、僕は芸術祭などで展示することもあり、そこでデザインやアートの考えに触れることも多く、なんとなくですが、今必要なのは、人の心とテクノロジーの関係を見直すこと、設計できるようになることなのではないかと思うようになりました。――部分ごとの関心だったのが、全体を通じての設計に移ってきたということでしょうか?渡邊:僕は、人間の知覚の研究をやりつつ、一方で、テクノロジーを使いながら、人間の知覚や存在の意味を問いかけるようなワークショップをやってきました。心理学や認知科学の研究と、ワークショップでやってきたことの両方がウェルビーイングの研究には必要なんだと思います。言い換えると、視覚や触覚のような知覚の研究や心理学の研究があって、一方で「自分とは何でしょう?」と問いかけるテクノロジーがあって、それらの境界領域になるんじゃないかと思っています。――渡邊さんが考える、ウェルビーイングの設計論にもとづいてつくられたプロダクトの具体的な形はどんなものですか?多分、さっきの「甘いものをどうぞ」もウェルビーイングだと言う人もいると思うんですが、思想はウェルビーイングだったはずが実際にプロダクトになるとぜんぜん違う、というのはよく起こることです。渡邊:この本は、基本的には西洋的な思想に基づいて書かれたもので、この本に書いてあるのと同じことを日本でやっても、うまくいかないことが多いと思います。そのときに役立つのは、本の中ではcollectivist、...

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不定期でブログを投稿させていただきます、西口洋平と申します。妻と小学生のこどもを持つ、一般的な37歳男性です。「ステージ4のがん」であることを除いては。がんだと宣告されたときに、おぼえた孤独感。仲間がいない。家族のこと、仕事のこと、お金のこと...... 相談できる相手がいない。同じ境遇の人が周りにいない。ほんとにいなかった。それなら自分で仲間を募るサービスをつくろうと、ネット上のピア(仲間)サポートサービス「キャンサーペアレンツ~こどもをもつがん患者でつながろう~」を、2016年4月に立ち上げました。子どももいて、地元には親もいる。仕事やお金...... 心配は尽きません。そんな僕みたいな働き盛り世代で、がんと闘う人たちをサポートしたい。そんな思いから、抗がん剤による治療、副作用と付き合いながら、仕事と並行して、地道に活動を続けています。 ※キャンサーペアレンツのFacebookページで活動情報をアップしていきますので、「いいね」をお願いします。これまでのコラム「ステージ4のがん」と告知された日がん告知から2か月半、休んでも会社は回っていた。「がん」になって、何かしたいという気持ちが芽生えたステージ4のがん患者が、がん患者のためのサービス作りに挑戦するエイプリルフール、「ステージ4のがん」をカミングアウトした入院中のベッド上で突きつけられた、がん患者向けサービスの次の課題がん領域のビジネス検討、そして闘病は大きな転機を迎える残された時間、生きた証・・・ステージ4のがん患者に奇跡は起きるのか。 ステージ4のがん患者が、いま向き合う「最後の仕事」取材記事36歳の末期がん患者が、娘に残すために始めた「最後の仕事」 ***2016年6月末での子会社の退職を決めて、上司にその旨を正式に報告した。行く先は親会社であるものの、退職という形をとるため、「退職届」が必要とのことで、初めて退職届を書くことに。今でもこんな形式ばった書類が必要なのかと驚いたり、何の意味があるのかと感じたりしたことも覚えている。人事部に持っていけば、中身もチェックもせずに「預かります」と言われ、リアクションがなかったことに消化不良感はあったものの、提出した事実をもって、新たなチャレンジが始まることへのリアル感が大きくなった。それからは、部署内での発表、引き継ぎ業務、そして、治療、空いた時間で活動のアポイントを入れる、といった時間の使い方となった。6月末の最終出社日。親会社からの出向・転籍とはいえ、4年半を過ごした会社。ぼく自身もすごく楽しい時間を過ごせたし、入院による長期の休暇、復帰へのサポート、日々の仕事での気遣い、いろんなところで協力をしてもらえたことは、本当にありがたかった。その日、東京オフィスのメンバー全員の前で、ぼくにマイクが回ってきた。会社を去る人に対して、会社が感謝の気持ちを表すための儀式としてスピーチの機会がある。その機会が、こんな自分のわがままで会社を去る人にも与えられて、驚きもあったが、正直うれしかった。 ■同僚たちから温かく送り出された日 「去年の2月、がんの告知を受けました。そのときの気持ちは、『が~ん』ですよ!」 そんな切り出しから、ぼくのイメージでは爆笑が巻き起こると思っていたものの、みんなから向けられていたのは、真剣なまなざしだった。それもそうだろう。元気に仕事をしていた、目の前の彼が、がんだなんて受け入れられないだろう。また、そのことを惜しげもなく話をする彼を見て、目をこすって「本当か? うそだろ!?」と確認をしている人もいたのかもしれない。一回ではウケなかったので、やろうとしている2つの仕事の話を間に挟みながら、ぼくはもう一回言ってやった。「そのときの気持ちは、『が~ん』ですよ!」オフィスは、優しい笑いに包まれ、拍手が沸き起こった。 プレゼントでもらった「Yohei Tシャツ」を着て、挨拶をしました。 ■新たな環境で、自分なりの恩返しが始まった 7月、新たな環境での出発となった。4年半ぶりに戻ってきた感覚。でも、当時、一緒にやっていた人よりも、新しい人が増え、入れ替わりもあったため、どこか浦島太郎状態だった。初日の朝、所属となる部署での朝礼でのコメント。さすがに緊張した。知っている人もいるけど、知らない人もいる。雰囲気もわからないし、第一印象で決まるとも思っていたし、どうしようかと考えていたら、まとまらないままその瞬間がくる。何を言ったかは覚えていないが、まぁ、2度ほど笑いがあったから良しとした。そうして、会社への僕なりの恩返しがスタートを切った。 ■「ずっと残るもの」を作りたい 一方、キャンサーペアレンツの活動は、やりたいこと、やらなきゃいけないことが多々あり、時間ができたらいろいろ進めようと考えていたので、早速とりかかる。一つは、事業アイデアやサービスに対するダメ出しがほしかったので、事業コンテストみたいなものへの応募をすること。探しては、エントリーシートに書いて応募する日々。そして、会員数を増やすために、お金もなく、広告も打てないので、とにもかくにも様々なメディアへの売り込み。それらと並行して、現時点で考えられる事業案を持って、一緒に進めてもらえそうな企業へも営業をかけていこうと考えていた。こうして、2つの仕事が動き出した。仕事の持つ意味を考え直したこと、やりたいと思えたことに出会えたこと、人とのつながりの大切さに気づけたこと。それらはあたりまえのことかもしれないが、ぼくにとっては雲が晴れたような感覚で、仕事が楽しいと心底思えて、素敵な未来に向かっている感覚があった。 娘からの手紙。いろんなことを感じ、考え、支えてくれている。いつ来るかわからない「死」のそのときまで、生き抜けるために。そして、ぼくの「死」の先にも、残したモノが残り続けるように、ぼくは死ぬまでチャレンジを続けていく。そう、死ぬまで。(つづく)キャンサーペアレンツのFacebookページへの「いいね」をお願いします!

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西欧諸国の片隅にある小さなヨーロッパのある国は、自国が次のチェルノブイリ原発事故クラスの災害の途上にあると考えている。リトアニア政府はベラルーシで建設中の原子炉が、バルト海沿岸地域の安全を脅かすリスクとなるのを危惧している。この物議を醸している原子炉は、ミンスクから100マイル離れたアストラビエットの町の近くで操業予定で、リトアニアの首都ヴィリニュスからわずか20マイルしか離れていない。リトアニアの外交官と政府関係者は、ベラルーシの原子炉の操業を無責任だと述べ、EU圏内でのエネルギー支配をさらに強めようとするあからさまな地政学的戦略であるとして、ロシアを非難さえしている。ロシアの国営報道機関、 プラウダ紙はこれに関して何も隠し事はないし、この原子炉はEU諸国にエネルギーを供給するために、ベラルーシとロシアのジョイントベンチャーで運営される予定だ、と述べている。知っておくべきこと:・ベラルーシの国土のおおよそ5分の1は、1982年のチェルノブイリ事故で、今だに汚染されている。 ・2人の死亡と原子炉容器の倒壊等、アストラビエット地域で報告されている6件の事故がマスコミに漏れている。 ・ベラルーシ当局は、この事故を報告していなかった。 ・この原子炉は、ロシア型加圧水型原子炉(VVER-1200)の1世代目の原子炉であり、原型炉はロシアのヴォロネジに現存するが、現役の VVER-1200は、現在一切稼働していない。放射性降下物で今だに汚染されている地域では、原子力は話題にして欲しくない問題だ。チェルノブイリの原子炉が爆発したあの4月の週末を、決して忘れることができない、とヴィリニュス大学の博士論文提出志願者、オースト・ヴァリンキュート氏は説明した。同氏の研究は、 公衆衛生の情報普及をテーマにしている。「ソビエト連邦時代に蔓延した秘密主義の風潮のおかげで、人々は数日間この事故について知らされていませんでした。それでチェルノブイリの放射能雲に曝されることを最小限に留めるために、室内に閉じ籠る代わりに、人々はまるで何もなかったかのように、日常生活を送っていました。つまり使い走りをして、マーケットに行って食物を買っていました。子どもたちは、通りで遊んでいました」。核エネルギーに対するリトアニア人の反応は、否定的ではない。なぜなら核エネルギーは、ロシアのエネルギー部門による独占からの経済的自由と独立を象徴するからだ。核エネルギーそれ自体に対して、人々は懐疑的ではないかもしれないが、原発の建設方法や原発の有害な影響についての問題を2国間で協議する方法については、疑念を持っている人がいるかもしれない。また、ベラルーシが報道の自由があまりなく、独裁者が存在していることを忘れてはいけない。最近起こった事故や、その報道の仕方(報道されていないものも含めて!)を見れば、人々が不安になるのも不思議ではない。ルカシェンコ政権の政府関係者は当初、自国と国際メディア両方から情報を隠そうとしていて、これらの事故が認知されたのは、幾つかの証拠資料が表に出た時からだった。2011年に建設が発表されて以来、アストラビエットの原子炉建設は、請負業者の死亡、4メートルの高さから330トンの原子炉容器が倒壊した事故等、いくつかの事故に悩まされている。「ベラルーシ当局は、マスコミがその事故を報じた後になって、やっと事故を認めました」と、リトアニアの環境省汚染防止局のヴィタリー・アウグリス局長は不平を露わにした。「もし発電所操業後に何か悪いことが起きれば、彼らは直ちに私たちに伝えるのでしょうか、それとも問題を突きつけられるまで待っているのでしょうか?彼らがこうした事故を認める前に、私たちのうちどれ程多くの人が放射能に曝されることになるのでしょうか?」とアウグリス局長は尋ねた。リトアニアの外務省で、幹部議員がベラルーシの幹部議員と二国間協議に取り組んでいる。リトアニア外務省のロランダス・カチンスカス政治局長は、不注意な管理体制と危険なまでの頑固さに、すぐ気付いた。「彼らが原子力発電所(NPP)の建設地を評価した時、ベラルーシの側のみ の人口密度を測定しただけでした」と同政治局長は述べた。「彼らはベラルーシとの国境のリトアニア側の著しく高い人口密度を、測定してはいませんでした。これを測定していれば、建設に適した場所ではないことは明らかなのです。原子力発電所建設のあらゆる局面を監理する、独立した監督委員会が存在すべきです。私たちがこの案をベラルーシ側に提示した時、『我が国は自国の監督委員会を設置していますので、その必要はありません』と彼らは言ったのです」。アウグリス局長と汚染防止局は、IAEAの要件を「ぎりぎりで」満たしているに過ぎない不誠実な取り組みであるとして、問題を提起している。「ベラルーシが調印したエスポー条約により、ベラルーシは我々に(国境を越えた地域の環境影響評価も含めて)環境影響評価を、翻訳して送る義務があります。彼らは我々に、リトアニア語へ『Google翻訳』した報告書を送ってきました。こんなことは無意味です」とアウグリス局長は語った。「結局彼らは、アストラビエットが最適地であるという調査結果の根拠を、一切明らかにしませんでした」。私たちが忘れてはいけないのが、2つのことだ。1つは、リトアニア人がアストラビエットについて考える時、少なくとも頭の中では、チェルノブイリ原発事故のことが思い浮かばれること。もう1つは、ベラルーシとロシアの親密な関係性によって、ロシア系企業がアストラビエットで建設しているという事実が、この問題にさらに政治的要素を加えているということだ。「ロシアはこの数年間で、地政学的戦略の手段として、エネルギーを利用する傾向にあることをはっきり示してきました」と、リトアニアの外務省経済安全保障局のAusra Semaskiene特使は、ロシアを非難した。2006年に、マジェイケイの石油精製所は、ロシアがその地域のパイプラインのみを閉鎖した時、事実上閉鎖された。同特使によると、「この石油精製所はポーランドの企業に売却されました。それまで、この企業はこの精製所を買収するために、あるロシア企業と競っていました。この取引が終了した後、2006年にロシアはある「事件」を理由に、そのパイプラインを閉鎖し、以後今まで再開していません」と同特使は語った。これ以来ずっと、リトアニアは石油と天然ガスの輸入を、海上輸送に依存している。「我々が求めているのは、 この原子炉の建設を中止することです」とカチンスカス政治局長は述べた。「私たちは原子力発電に反対しているわけではありません。その無責任な利用に反対しているのです。少なくとも、もっと多くの対話の機会と説明責任を求めます。もし問題が発生すれば、まず最初に我々に報告がくるという保証を求めているのです。私たちの立場は明らかです。なぜならベラルーシは、主要な国際公約を履行していないのですから。つまり、IAEAのサイト・外部事象設計レビュー(SEED)を達成していませんし、包括的なリスクと安全評価検査にも着手していませんし、アストラビエットの事故の徹底分析のために、専門家による国際委員会も設立していません。それゆえ、ベラルーシはこの地域全体と欧州連合に対して、安全への著しい脅威をもたらしているのです。結論として、ベラルーシがアストラビエットでの建設作業を中止することを、リトアニアは要求します」。最悪の事態が発生した場合に備えて、現在ヴィリニュスで、危機管理計画が策定されている。もし発電所が原子炉炉心溶融に達したら、100万人以上が住む最も人口の集中したヴィリニュス市を含む、リトアニアの人口の1/3が、避難に直面することになるだろう。ベラルーシ政府内の多数の省庁が、コメント要請に応じていなかった。最初の原子炉は、2019年に操業予定だ。2つ目の原子炉は、2020年に操業予定だ。

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=====ピンチのたびに登場する「○○精神」 2月12日朝、北朝鮮はまたミサイルの試験発射を行った。何回ものミサイル発射・核実験に国際社会が経済制裁で多角度から圧迫している、まさにピンチ中のピンチなのに、それにもかかわらず、北朝鮮政権が今までWMD開発を続けてこられた理由の一つは、北朝鮮住民の犠牲である。すなわち、北朝鮮当局による住民搾取によってここまで引きずってこられたと言って過言ではない。 しかし、北朝鮮住民にとっていくら当局がWMDを発展させても得することもないので、北朝鮮政権は住民に向けてプロパガンダを繰り返すことで住民を動かしてきた。黒雲が吹き荒んで 誘惑の風吹きつけても 嚮導星に従って 社会主義守ろう(※ 嚮導星 : 「方向を導いてくれる星」「北極星」を指す北朝鮮用語で、「人民を導く領導者」の意味で通用される)これは、300万人の餓死を招いた1990年代半ば、北朝鮮当局が全ての人民に歌わせた大衆歌謡の歌詞である。北朝鮮は食糧と生活必需品を十分に供給すると約束して配給制国家としてスタートしたが、食糧をくれる代わりに「精神」の重要性を強調しながら口先だけの扇動を繰り返した。辛い時、必要な時、事あるごとに「○○精神」だの「▲▲運動」だの「□□闘争」だの名付けた用語で北朝鮮住民を急かしてきた。6・25戦争(朝鮮戦争)直後には、住民に対して「千里馬に乗って突っ走ろう」という「千里馬精神」で飢えと不便極まりない生活を乗り越えろと要求し、数百万人が栄養失調で倒れていった「苦難の行軍」時期には、トウモロコシや稲の根、草の根まで食べて耐えろという「江界精神」(※金正日が慈江道地域を訪問した後、この地域が「苦難の行軍」で一番模範になったとして慈江道の象徴都市である「江界市」にちなんで提案されたスローガン)などで、住民の忍耐と我慢を強要した。今年に入って金正恩は「年末に'万里馬先駆者大会'を招集して'江原道精神'と'万里馬速度戦'を自祝する」と公言した。昨年から北朝鮮は、朝鮮労働党第7回大会を控えて「70日戦闘」を宣布し、それを「万里馬闘争の序幕」であると派手に宣伝したし、「江原道精神」という言葉は昨年12月から登場した。私は北朝鮮で数え切れないほどの「○○精神」「○○運動」を聞いていたので、詳細内容を聞かなくても分かりそうだった。金日成時代に革新を象徴する用語が「千里馬」だったが、金正恩はサイズを大きくして「万里馬」という用語を選んだようだ。しかし、今の北朝鮮は馬にたとえるなら一日に一里も走れない病気の馬である。韓国ではソウルから釜山まで3時間あれば行くのに、北朝鮮では同じ距離でも一週間、いやそれ以上かかるのが普通だから。便りによれば、北朝鮮は昨年、「70日戦闘」に続いて「200日戦闘」まで施行し、大規模な労力動員事業を繰り広げたが、どれもこれといった成果がなかったそうだ。それもそう。北朝鮮当局がいくら「万里馬運動」「70日戦闘」「200日戦闘」などの宣伝で住民を駆り立てるといえ、用語やスローガンが変わるだけで結果は決まっている。当局からの財源投入なしで、一方的に住民の労働力を搾取してばかりでは意味のある生産物は得られない。=====「江原道精神」も金日成と金正日の真似にすぎず 再生困難の経済状況を前にして、金正恩は指導者として責任を取って実効性のある対策を提示すべきだが、「江原道精神」という新しいスローガンを打ち出して宣伝扇動で済まそうとしている。「万里馬運動」も金日成の「千里馬運動」の真似にすぎないのに、今度は金正日の策だった「江界精神」を複製して「江原道精神」なのだ。年末に一年間の成果を評価して優秀な単位を平壌に招待すると宣伝するなど、立て続けの労力動員で疲れが溜まった内部を結束し住民たちを競争の中に追い込む狡猾なやり口も加わった。だが、北朝鮮住民の立場からすれば、万里馬も千里馬も五十歩百歩で、江界精神も江原道精神も似たり寄ったりであろう。北朝鮮の宣伝媒体は江原道精神を「厳しい試練の中でも必勝の信心と楽観に満ちあふれて自力で光明の未来を早める朝鮮革命家らの闘志と英雄的な気性が凝縮された新しい時代精神」であると強調しているが、実は私にとって「江原道」は「群盗」のイメージが強い。江原道地域に「金剛山発電所」を建設する時期(80年代後半~90年代)、深刻な食糧難が続く中で人民軍たちが住民を略奪して「馬賊団」「匪賊群れ」などと呼ばれた。略奪がひどい時期には人民軍の群れが白昼にも堂々と強盗・殺人を繰り返したので、一人で出歩くことは絶対危険とされるほど悪名高かったのが、江原道である。ところが、金正恩はいきなり江原道精神を「見本にすべき時代精神」として打ち出して「全ての人民が見習う」ことを訴えている。北朝鮮の媒体は、昨年12月の金正恩の「元山(ウォンサン)軍民発電所」視察以来、「江原道精神」という用語を作って連日歌っている。江原道精神の登場について北朝鮮専門家の多くは、北朝鮮制裁の強化の影響で経済状況が壁にぶつかると北朝鮮当局が住民の犠牲を強制するために打ち出したプロパガンダであると見ている。また、江原道元山が金正恩の故郷という点から「江原道精神」プロパガンダが今後の金正恩偶像化に向けた事前作業であるとの見方もある。1月24日付けの労働新聞は1面に「江原道精神で自力自強の勝戦砲声を力強く鳴らせよ」という題目で論説を掲載、「江原道精神は、自力更生のみが生き残る道という透徹した信念を抱き、一から十までの全てを自分の力で解決していく自力自強の精神」と宣伝した。実は、一般的に北朝鮮で言う「自力自強」とは、国際社会からの制裁と圧力で貿易・投資のルートが遮られた北朝鮮が「我々だけでうまくやっていこう」という趣旨を強調するスローガンだった。しかし、最近住民の一方的な忍耐と犠牲ばかり訴えるふるまいを見ると「当局からやってあげられることはないから、あなたたちの力でなんとかやっていきなさい」という意味にまで聞こえる。金正恩は新年の辞から「自力自強」を強調していたが、「江原道精神」という体のいいスローガンまで掲げて住民の労力動員を堂々と強要している。これは、表では愛民を叫びながら本当は住民の犠牲を求める偽善に過ぎず、私の目には一昔江原道で出没していた人民軍「馬賊団」が重なって見える。 =====住民にとっては嘘つき少年の叫び声 確かなことは、北朝鮮当局が次々と新しいスローガンと宣伝手法を開発して世間に出しているが、長い間「○○精神」「○○運動」という名の宣伝・扇動に疲れてしまった北朝鮮住民たちは、もう騙されも従いもしないということである。経済的な富はウソで扇動してかっこいい用語で惑わして得られるものではない。一生懸命汗を流して努力してこそ得られるのだ。さらに肝心なのは、そうやって汗を流して生産した結果物が住民たちに公平に分けられる時にこそ、誠実な労働へのモチベーションが続くということである。現在のような搾取・抑圧の状況が変わらない限り、いくら意気込んだスローガンや脅迫、ウソなどで住民たちの背中を押しても北朝鮮の貧困と食糧難は絶対に解決しない。金正恩政権は空っぽのスローガンで住民を惑わし彼らの犠牲を求めることを止めて、実質的な経済再生のためにどのような政策と改革が必要かを悩んでほしい。3代目同じパターンに騙されてきた北朝鮮住民たちがこれからは従わないというのはもちろんのことで、政権に対する不満と裏切られた気持ちが膨らんで金正恩政権にそのツケが回ってくるはずだ。北朝鮮が「江原道精神」を大々的に打ち出す背景には、国際社会の北朝鮮制裁の煽りで深刻な経済的困難に直面した状況で、これを乗り越えるために過去の「苦難の行軍」時期のような耐乏を正当化するといった思惑がある。さらに、金正恩が子供時代を江原道・元山で送ったとされおり、金正恩自身も執権以来この地域に格別な関心と愛情を示してきただけに、今年本格化すると予想される金正恩偶像化の作業にこの「江原道精神」が活用される可能性も大いにあると見られる。先週の日曜日にまた日本海に向けてミサイルの試験発射をした北朝鮮は、またこれを住民たちには「北朝鮮がミサイル大国」になったのだと大々的に宣伝している。この勢いを盛り上げて核・ミサイル開発に必要な労力・財源を住民に求めるだろうと考えられる。しかし、それに熱烈に応える住民は何割いるだろうか。イ・エラン 韓国・自由統一文化院 院長、1997年脱北

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がんとの共生社会を目指して 先進企業の取り組みインタビュー ネクストリボン先進企業  vol.1“がんとの共生社会”の実現に向けて、民間企業による先駆的な動きが始まっている。このテーマと真摯に向き合うギャップジャパン株式会社の取り組みをリポートしよう。アメリカンカジュアルブランドのGapを展開する米大手専門小売企業Gap Inc.は、「Do more than sell clothes(服を売る以上のことをしよう)」という志を掲げ、創業以来さまざまな社会課題に目を向けてきた。これまでもグローバル企業として環境保護や女性の生活向上、児童労働の撲滅、エイズ対策支援、LGBT支援などの分野で先駆的な社会的インパクトの創出に取り組んできた。そして、その志を受け継ぐ同社の日本法人ギャップジャパンが今、新たなテーマの一つとしているのが「がんとの共生」だ。「日本国内で、がんにかかった人の約4割が治療開始前に会社を辞めてしまうことや、多くの人ががんであることを会社に言えないことは、私たちにとってショックな事実でした」ギャップジャパン人事部の志水静香氏はこう語る。課題があればそこに真っ先に動くのがGapのフィロソフィー。すでに社内外で積極的な取り組みを見せている。その背景にある考え方は同社が大切にする「ダイバーシティー&インクルージョン」だ。多様性を尊重する風土「社内に関して言えば、グローバルファッションブランドとして、この会社で働くすべての人が、多様な個性や能力を最大限に発揮できるような風土・文化を実現することが私たちの目標です。それが『子どもができたから、病気になったから』といった理由で阻害されてはならない。支援が必要であれば会社にできることを考え、実行します。がんと闘う社員の支援もその一環です」同社でもがんに罹患する社員や、がんに罹患した家族をもつ社員がいる。また、闘病後の職場復帰も実現しているという。ポイントの一つは相談できる環境があることだ。「ベースにあるのは信頼関係に基づくコミュニケーション。オープンドアポリシーのもと、普段から、意見があれば上司にでも人事にでも話ができる組織風土がありますし、人事も現場のニーズをできるだけ吸い上げるよう努力しています。自分の病気のことも気兼ねなく相談しやすい環境なんです」そのうえで重要なのは、それぞれの意思や事情に応じた個別のマネジメントだと志水氏。「最初はやはり仕事と治療の両立に不安を感じている人が多いですね。しかし、会社としては闘病を支えたいし、戻ってきてもらいたい。もちろん復帰を無理強いすることはできませんが、そのための環境を整備していることは伝えます」またみんなと働きたい!同社の人材マネジメントのテーマの一つが「自立」。それは、がん治療中の社員への支援にあたっても変わらない。どうしたいかを決めるのは本人だ。例えば「復帰はしたいが店長職を続けることは難しい」という場合には、会社から職務を変更する選択肢を提示することもある。「大切なのは、それぞれの考え方や状況を聞くこと。そして、本人の希望に応じて何ができるのかを寄り添って一緒に考えていくことです」同社はもともと、人事・労務の面においてフレキシビリティーが高い。休職期間は2年までだが、退職後に再入社することも可能。さらに、店長職や本社の一定の職務以上の社員を対象に、働く場所や時間を自分で主体的に決められる柔軟な制度を導入。そしてまた、転勤も強制されない。病状や治療の状況に応じたさまざまなオプションがあることも、がんと闘う社員を支えるものとなっている。「闘病中の人から『またみんなと一緒に働くことを心の支えに頑張っています』とメールが届くこともあります。これは私たちにとっても、非常にうれしいことですね」同時に、Gapは社会に向けた情報発信にも動き出している。2016年5〜6月には、小児がん支援をテーマに、限定コレクション商品の販売やイベントなどに取り組んだ。感動と共感で人を動かす「自らも小児がんと闘いながら、自宅で手作りレモネードを販売して、売り上げを小児がん研究に役立てたアレックス・スコットという少女のエピソードにインスパイアされた企画です。小児がんについては日本では実態があまり知られていませんが、入院生活が長引き、学校で社会生活を学ぶ機会が損なわれるなどさまざまな課題があります。ですから、単に寄付金を募るだけでなく、人々に積極的に関心をもってもらいたいという思いをこの企画には込めています」とGapマーケティングPRの小神野直子氏。エピソードにちなんだレモネードスタンドを設けたほか、SNSでは、情報発信と同時にワンクリックごとに同社が10円を寄付するソーシャルマッチングプログラムを展開、10万シェアを達成した。さらに、2016年9月30日から3日間にわたって、乳がんサバイバー支援のために、限定スポーツウェアの販売やヨガイベントなどを開催。「働き盛りや子育て世代の女性に多い乳がんに関しては、早期発見・治療の啓発のみならず、治療に取り組みながらいかに輝いて毎日を過ごすかということが今の課題です。そこで、ファッションやエクササイズを楽しんだり、オープンに人と関わることが大切だと考えました」ファッションブランドだからこそできることは何か――。感動や共感をフックにした同社の取り組みは「がんとの共生社会」実現に向けて人々を一歩ずつ着実に動かそうとしている。Gapフラッグシップ原宿で開催された、乳がんサバイバーを支援するチャリティーヨガイベントの様子。同時に「乳がん予防・治療にもたらすスポーツの効能」をテーマとしたミニトークショーも開かれた。鮮やかなピンク色が印象的なショッピングバッグ。乳がんサバイバー支援キャンペーン期間中に全国のGapストアにて1枚100円で販売し、寄付にあてられた。主旨に共感し、中には1人で10点以上購入した人も。初夏の土日2日間にわたり、Gapフラッグシップ銀座でイベント開催時に1本300円から販売されたレモネード。売り上げは全額が小児がん支援に取り組むNPO法人キャンサーネットジャパンに寄付された。アレックスのレモネードスタンドを再現したかわいらしいカートが人目を引き、2日間とも大盛況。多くの人が冊子を手にし、関心を深めていた。実際に小児がんを克服した人たちもSNSで情報を知り、数多く訪れた。Gapは人事部とマーケティングチームがタッグを組み、今後「一人ひとりの個性や可能性を引き出す社会の実現」に向けた取り組みを社内外に発信していく。 ギャップジャパン株式会社 Gap人事部シニアディレクター 志水 静香氏 AMD、マイクロソフト、ゼネラルモーターズなどを経て、1999年にギャップジャパンに入社。採用、研修、報酬管理など人事全般の管理業務をプロジェクトリーダーとして牽引。2011年シニアディレクターに着任。13年からGap部門の人事を統括。ギャップジャパン株式会社 GapマーケティングPR シニアマネージャー 小神野 直子氏 アウトソーシングPR 会社を経て、2008年、ギャップジャパンにGapブランドのPR担当として入社。現在はGapマーケティング部/ストラテジックPRにてシニアマネージャーとして、ブランドマーケティング、PR、CSV(共通価値創造)マーケティングを行っている。

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ポケモンGOが過去最大の大型アップデートを予告しました。今週中の更新で、ポケモン金銀に登場した新ポケモン80匹以上の追加、既存ポケモンの新しい進化と進化アイテム、ポケモンの性別要素、捕獲時の新アクションと新ユーザーインターフェース、新規アイテム、アバターカスタマイズの大幅強化など、多数の要素が一気に加わります。公式の主な更新要素をまとめると:・新規ポケモンの多数追加。ジョウト地方のポケモン(『ポケットモンスター金・銀』追加ポケモン)が80体以上。・ポケモンの性別。これまで捕まえたポケモンについても、オスメスが改めて分かるように。気を落ち着けて確認しましょう。・新しい進化と進化アイテム追加。既存ポケモンに新たな進化。旧作と同じく、進化アイテムも登場。進化アイテムはポケストップで拾う。・新アイテム。木の実が2種追加。ナナのみはポケモンの動きを遅くして捕獲しやすく、パイルのみは捕獲時に得られるアメが2倍に。・アバターカスタマイズ強化。メガネなど新しいアバターアイテム追加。一部は有料!・捕獲時の新アクションと新UI。捕獲画面で、ポケモンが新しい動きをするように。またボールや木の実の選択UIが改良。直接選べるように。新規ポケモンはピチューなど一部のベイビィポケモンが先行実装されていましたが、今回は新しい進化も含めて残りが一気に追加されることになります。ネタバレ注意:ポケモンGOの新イベントとApple Watch対応、アプリ解析から発覚 (2016年12月)今回の更新予告に含まれなかった新要素であるトレードやプレーヤー間バトルについても、開発元ナイアンティックのジョン・ハンケCEOは近い時期に導入する意向を示しています。ポケモンGO、トレードやPvP対戦を近日中に実装予定。Nianticのジョン・ハンケCEOが明言(2017年1月)(2017年2月15日Engadget日本版「速報:ポケモンGOに過去最大の更新。金銀ポケモン80匹以上追加、新アイテム、アバターのカスタマイズ強化など(新要素まとめ)」より転載)【関連記事】アップル、アプリ開発者オーディション番組「Planet of the Apps」予告。マネー成立なら最高1000万ドルまるでVR版「電車でGO」──津波から乗客救うVRをKDDIが開発、JR西日本が4月導入へソニー、PS Now対応機器を大幅縮小。PS3、PS Vita、Vita TV、現行ブラビアやBDプレーヤは切捨て、PS4とWindowsに注力して継続動画:フランス製の格安スマホ Wiko Tommyインプレ。1.5万円でも安っぽくないMVNO端末日産、ドロイド搭載のX-Wing仕様車を公開。スター・ウォーズ『ローグ・ワン』とSUV『ローグ』でコラボ

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標隆司さんが撮影した記念写真児童養護施設で育った人に振り袖姿の写真を贈る「ACHA project」(アチャプロジェクト)が始まってもうすぐ1年になる。代表の山本昌子さん(23)自身も施設で育ち、経済的負担の重さから振り袖を着られず、成人式を断念。「同じ境遇の後輩には、あの孤独感を味わってほしくない」。1人でゼロから積み上げた彼女の行動力に、共感の輪が広がりつつある。 思い出の地で撮影 「ちょーヤバイ! かわいい! もう少し上向いて」―。1月下旬の「浜離宮恩賜公園」(東京都中央区)。山本代表が高い声を出すと、場の空気が温まり、次第にモデルの表情も柔らかくなった。今回撮影に臨んだのは、都内の児童養護施設出身で知人の紹介により応募したアヤさん(20、仮名)。かつて茶道部の活動で来た同公園を自ら撮影場所として選んだ。同行スタッフは、カメラマンや着付け、メイクなどを担当する計7人。皆ボランティアだが、中にはプロとして活動している人もいる。事前に登録して、撮影日に都合がよければ参加するシステムだ。撮影は終始、和気あいあいとした雰囲気で行われた。公園を歩き撮影スポットを見つけたら、みんなで囲みシャッターを切る。時おり、観光中の外国人から、写真を頼まれることもあった。2時間にわたる撮影を終え、アヤさんは「こんなに注目を浴びることなんて初めて。最初は緊張していましたが、段々慣れてきました」と笑顔を見せた。リラックスできるよう、たまに話し掛ける山本代表 直面する現実 山本代表がプロジェクトを始めたのは、自分が振り袖を着られなかった時、強い孤独感を味わったからだ。両親の離婚をきっかけに、生後4カ月で乳児院へ。母親の顔を知らないまま、18歳まで都内の児童養護施設で暮らした。「施設は家庭的な雰囲気で楽しい思い出ばかり。何とか今まで生きられたのも、本当に愛情を注いでくれた職員のおかげ」と振り返る。19歳から自立援助ホームに移り、居酒屋のバイトで学費を貯めた。翌年、夢だった保育士を目指して上智社会福祉専門学校に進学したという。そんな中で迎える成人式。振り袖には20万~30万円ほどかかると知った。当時は生活の余裕もなく、断念せざるを得なかった。  「1人で生きるという現実を突きつけられ、本当に苦しかった」と山本代表は話す。当時、周囲には「成人式には興味ない」と強がっていたものの、本当は皆がSNSに載せる振り袖姿がうらやましかったという。 ネットで調達 転機は21歳の時だ。さまざまなことが重なり精神的に落ち込む中、学校で「アチャさん」と慕う先輩が振り袖撮影に必要な費用を出してくれた。「自分の振り袖姿を見て、胸が高鳴り、ここまで生きられたのは多くの人のおかげだと実感した。今度はこの感動を、ほかの女の子たちにも味わってほしい」。恩人のあだ名をプロジェクト名に決めた。ただ、最初は資金も何もない状態からのスタート。そこでネットの掲示板に、プロジェクトの説明と振り袖を譲ってほしい旨を書き込んだ。すると、徐々に賛同者が集まってきたという。今は振り袖24枚、帯14本をそろえており、登録ボランティアも40人を超えている。プロジェクトは通年で、これまで8人を撮影した。保育士として児童館で働く山本代表は、撮影の日は仕事を休んで臨む。当面の課題は活動資金の捻出だという。現状では、交通費やクリーニング代などは、ネットを通じてわずかに集まる寄付と自己負担でまかなう。今年2月からは、活動範囲を関東だけでなく、大阪にも広げる予定だが交通費が重くのしかかる。いずれは全国展開を目指したい考えもあるが、ハードルは高い。それでも山本代表は「限界まで頑張って、長く愛される活動にしたい」と話す。「女の子が振り袖を着れば、生きる勇気が生まれ、次への一歩を踏み出せる。これまでお世話になった人へ振り袖姿を見せて、生まれてきた喜びを一緒に分かち合ってほしい」と語った。(2017年2月14日「福祉新聞」より転載)

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「離島医療に携わりたい」若手医師を増やす離島医療の質を評価・検証する研究を行っている金子惇先生。金子先生は、あることをきっかけに離島に憧れ、沖縄県立中部病院「島医者養成プログラム」で3年間の離島医研修を積みました。東京に戻った現在も、研究を通して離島に関わり続ける理由は――。 離島医療の質的研究をすすめる ―現在は東京都内にある診療所に勤務されながら、東京慈恵会医科大学大学院で離島医療の研究に取り組んでいると伺いました。そうです。東京都小金井市にあるむさし小金井診療所に勤務しながら、東京慈恵会医科大学大学院で離島医療の質を評価・検証するための研究に取り組んでいます。研究の1つは、離島の診療所が地理的に自然と、大病院へのゲートキーパー役になっていることを示す研究です。私が3年間勤務していた沖縄県伊平屋(いへや)島の診療所から、大病院へ紹介・入院した患者数を算出。すると、診療所の受診者数は多いのですが、大病院への紹介や救急受診、入院は過去に行われた全国規模な調査より少ない結果が出ました。それは、島の医師がプライマリケア医として機能している1つの目安になると考え、論文を投稿しています。さらにこの研究に普遍性を持たせるため、15離島で同時にデータを集め、大病院への紹介や救急受診、入院を分析しています。また、単にゲートキーパーとしてトリアージしているからだけではなく、幅広い症状の治療や慢性疾患の定期診察、夜間・土日の診療を同一医師が行っていることが紹介・入院の少なさにつながっているのではと考えています。そこで8離島の先生方に協力を得ながら、65歳以上の方を対象にしたアンケートと、プライマリケアの質を評価するスコアシートをもとに、質の点数化を行い検証しようとしています。―なぜ、離島医療についての研究を進めようと思ったのですか?3年間の研修で、沖縄県の離島医療に携わってきました。そこで、離島医は限られた資源で最善を尽くすために、島の住民の方や行政の方と連携し、質の高い医療とケアを提供していると感じてきました。それを第三者に対して客観的に示したいというのが一つです。もう1つは、離島で医師がやりがいを持って医療を提供できていることをアピールすることで、「離島医療に携わりたい」という若手の医師を増やしたいからです。モチベーション高く離島医療に携わろうとする若い医師が来ることは、島の住民の方にとっても望ましいのではないかと考えたからです。ITも駆使し、子どもからお年寄りまで幅広い住民を診る ―東京都出身の金子先生。なぜ離島医療に憧れたのでしょうか?大学5年生の時に、小笠原諸島の離島に旅行で行き、診療所も見学させてもらったことがきっかけです。大学を卒業したら長期休暇をなかなか取れないだろうと思い、子どもの頃に一度家族旅行で訪れ、楽しかった記憶が残っていた小笠原村に行きました。ちょうど自分の進路についても考えていた時期で、私は「精神科に入局しよう」と、漠然と考えていましたが、まずは身体全体を一通り診られるようにしておいたほうがいいとも考えていました。そのような折に、小笠原村の診療所も見学させてもらったんです。当時、小笠原村の診療所に勤務されていたのは、長年勤めているベテランの先生と、自治医科大学から派遣されていた医師4,5年目の先生が働いていました。その若い先生が一人でも内科や小児科、産婦人科など、どんな患者さんでも診ていました。自分とあまり歳が変わらないのにテキパキと診療されている姿に、感銘を受けたのです。限られた資源の中でも医師としてやりがいを感じながら働いている姿を見て、「私も離島医療に携わってみたい」と思い、研修先として沖縄県立中部病院を選び、「島医者養成プログラム」に進むことに決めました。―伊平屋島ではどのようなことに取り組まれてきたのですか?伊平屋島には3年間いましたが、1年目は医学的知識を増やすことと、診療所の業務の効率化がメインでしたね。沖縄県立中部病院にいる時には、定期外来の必要な患者さんを受け持つことが少なかったですし、外来診療を完全に一人で切り盛りすることもありませんでした。そのため、離島に赴任して初めて全てを一人で行う環境となったので、文字通り手探り状態でのスタートでした。診療の頼りは、ほとんど患者さんのカルテのみ。患者さんに次の予約をしてもらう時には、「いつも○カ月ごとに来ています」と教えてもらうことも多々ありました。1年が過ぎると、日が経つほどに島の課題が見えてきて、他業種の方や行政の方、時には島の外部の方とも連携してさまざまなことに取り組んでいきました。例えば医療における経済的負担を軽減するため、行政の方に本島で受診する妊婦健診の往復船代や、任意接種の一部のワクチン代に助成金を出す提案を進めてもらいました。伊平屋島には、4,5人子どもがいる世帯が珍しくなく、子どもや妊婦さんが多かったんです。また高齢者に関わる問題もありました。300名近くいた高齢者の多くが、島で最期を迎えたいという思いを持っていました。ところが、介護が必要な方が入所できる小規模多機能型施設の定員は、わずか20名。需要と供給のバランスがあっていませんでした。施設の定員数を増やすわけにもいかず、入所を待つ高齢者に対する在宅ケアの必要性が浮き彫りになっていました。そこで、入所を待つ高齢者の自宅に理学療法士の方と訪問し、理学療法士の方に室内の段差など危険な場所を指摘してもらって改善することで、高齢者が自宅でも安心して過ごせる環境づくりに力を入れました。他には飲酒・喫煙者が多かったので、アルコール依存症治療や禁煙外来にも取り組みましたね。沖縄本島で精力的にアルコール依存症治療を行っている先生のご厚意で、インターネット電話のスカイプで依存症が気になっている方の相談に乗ってもらい、実際に本島に行っての治療につなげることができました。あとは、禁煙外来を始めたことで、高血圧気味だけれども普段は診療所に来ない方が、禁煙外来が終わっても高血圧予防の治療を継続してくれている例もありました。―年齢や疾患に関係なく、さまざまなことに取り組まれていますね。そうですね。あとは、島の住民の方にとっても便利になるかと思いICTを利用した血圧計を試験導入しました。オムロン株式会社の血圧計で、自宅に置いてもらって血圧を測ると、数値が自動的に診療所に送信されるシステムです。そして、その血圧計を使った感想を住民の方にインタビューしました。すると、興味深いことが分かりました。高齢の方で特に女性で真面目な方だと、血圧計を「借りている」こと自体に抵抗があることが分かったんです。「人から物を借りていると助けを受けている気がして嫌だから返したい」という意見をもらいました。私としては便利でいいものだと思い導入したのですが、さまざまな考えの方がいることを知り、一方的に便利だと決めつけて物事を進めるべきではないことに気づかされ、とても勉強になりました。「プライマリケア医」としての基礎は離島にあり ―離島で働く醍醐味はどんなところにあると考えていらっしゃいますか?中国の言葉で「小医は病を癒し、中医は病人を癒し、大医は国を癒す」という言葉があって、その全てが離島には揃っている点です。「病」は多種多様です。子どもから高齢者まで幅広い年齢層の方が診療所に来ますし、症状もハブに噛まれたり子どもが転んでけがをしたりするものから、不登校で学校に行きたくないなど精神的なものまであります。また、患者さん本人だけでなくその家族も診ていますし、患者さんと診療所の外でも会うので、生活がまるごと分かります。道端でばったり会い、「こないだの風邪薬全然効かなかったよ」と言われて、治療の効果が直接分かることもしばしばあります。医師一人で責任は重いですが、治療の効果がダイレクトに分かり、自分の勉強につながるので、医師として大きく成長できる環境です。さらには、コミュニティの人数が少ないのでお互いに顔の見える関係になりやすく、他業種の方との連携が取りやすいです。役所で人事異動があっても、新しく着任した人のことも前から知っていることが多いので、円滑なコミュニケーションが取れますし、取り組みの効果も見やすいです。大きな都市で他業種連携を行うための基礎力が身に着くと思うのです。ですから、最初に言ったように私は、一人でも多くの若い医師に来てもらうべく、離島医療の魅力を、研究を通して伝えていきたいのです。関連記事 ■「いか☆やん」が語る、地域を守り育てる「地域医療たかはまモデル」とは?■「医の原点」を学べる環境はへき地にある。奄美から日本の医療を変える■家庭医療を学べる教育の場を増やす。家庭医の役割と魅力とは?■■■医師プロフィール■■■ むさし小金井診療所 金子 惇 東京都出身。浜松医科大学医学部を卒業後、沖縄県立中部病院プライマリ・ケアコース「島医者養成プログラム」修了。2014年4月より、北多摩中央医療生活協同組合むさし小金井診療所、及び、みなみうら生協診療所に勤務。同時に東京慈恵会医科大学大学院にて離島医療の研究に取り組んでいる。

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安倍首相とトランプ大統領の会談が終了した。満面の笑顔の安倍首相がテレビに映し出され、「蜜月」ぶりが「これでもか」とアピールされる。が、海外メディアは冷静だ。「安倍首相は取り入ろうとしている」「こんなに大統領におべっかを使う外国の首脳は見たことがない」などと手厳しい。安倍首相がどんなに得意気な笑みを浮かべていても、世界から見たら十分に「異様」なのだということがよくわかる。どうしてそこまで媚びるのか、と。1月末、トランプ大統領がアフリカや中東など7カ国出身者への一時入国禁止令を出した際、世界のあらゆる国のトップが異議を唱えた。カナダの首相は難民を歓迎する意思を示し、ドイツのメルケル首相は「テロとの戦いはいかなる場合でも特定の信条の人々に対し、一様に疑いをかけることを正当化しない。米大統領令は難民を支援する国際法や国際協力に反する」と主張。フランスのオランド首相も「欧州が責務を果たす中で彼が難民の到着を拒むのなら、我々は対応をとるべきだ」と述べている。また、トルコの首相は「困っている人がいたら助けなければならない」と発言。声を挙げているのは首脳クラスの人々だけではない。アップルCEOなど、多くの企業人も声を上げている。翻って、安倍首相はどうか。1月31日の予算委員会で、大統領令について問われた安倍首相は「ただちにコメントすることは差し控えたい」と述べている。そうして今回の日米首脳会談でも、その姿勢はまったく変わらなかった。「入国管理や難民政策は内政問題なのでコメントを差し控えたい」なぜ、これほどに何も言えないのか。言わないということは、容認しているのと同じことではないのか。そのような姿勢が国際社会からどのような目で見られるのかについて、なぜ思いを馳せないのだろうか。そんな会談では、普天間飛行場の移設を巡り、辺野古への新基地建設が「唯一の解決策」と「確認」された。沖縄の人々の思いなど、トランプ大統領との「蜜月」の前では本気でどうでもいいようである。さて、そんなふうにトランプ大統領に悲しいくらいに何も言えない安倍首相だが、相手がトランプ氏だから言えないわけではない。例えば昨年10月末、フィリピンのドゥテルテ大統領が来日し、安倍首相と会談したわけだが、その際も心の底から失望した。ドゥテルテ大統領と言えば、麻薬犯罪のメチャクチャな取り締まりが世界的な非難を受けている人物である。「犯罪者は殺せ」と公言し、ダバオ市長時代に、自らが犯罪容疑者を殺害したとも発言している。国際人権NGOのアムネスティによると、フィリピンではドゥテルテ大統領就任後の昨年7月から5000人以上が非合法に殺されているという。自警団と警察が、「超法規的殺人」を繰り広げているのだ。しかも1月末、ある衝撃的な事実がアムネスティによって発表された。麻薬犯罪者を一人殺すごとに、警官に所轄所から現金が支払われるシステムがあるというのだ。一人殺すごとに8000〜1万5000ペソ(約1万8000〜3万4000円)が秘密裏に支払われていたという。また、警官が殺し屋を雇うケースもあり、麻薬使用者を一人殺せば5000ペソ、密売人なら1万〜1万5000ペソが殺し屋に支払われたという証言があったそうだ。この「超法規的殺人」では無関係の人が殺され、子どもまでもが犠牲になっていることが問題視されているわけだが、その背景には、「殺せばお金が貰える」というあまりにも悪質なシステムがあったのである。証言では、殺した後で麻薬や銃を遺体の近くにおき、麻薬犯罪への関与を偽装するケースもあったという(朝日新聞 2017年2月2日)。自らが「人を殺した」ことを公言し、「犯罪者は殺せ」と煽り、「ヒトラーは300万人のユダヤ人を殺した。フィリピンには同じ数の麻薬中毒者がいる。俺は喜んで彼らを虐殺する」と言って憚らないドゥテルテ大統領。そんな人権無視の大統領と会談した安倍首相は、もちろんそのことには何も触れず、更に今年1月、フィリピンで再びドゥテルテ大統領と会談した際には、今後5年間で一兆円規模の支援を行うことを表明。そうして私邸にまで招かれ、親密さをアピール。殺人を公言し、超法規的殺人を煽り、大量殺人と人道に対する罪でフィリピン上院議員に告発されている人物と「親密さ」をアピールすることで、「人権などどうでもいい」と世界にアピールしたのだった。そうして、今回のトランプ大統領との会談。沖縄の声は無視する。一時入国禁止令などの人権侵害については見ない振り。そしてゴルフしてご飯食べて、「私の腕前は残念ながら大統領にはかなわない」とかお世辞を言って、これが「外交」であるならば、「気の弱い人」だったら誰でもできそうな気がしてくるではないか。期待してなかったけど、予想以上になんだかいろいろ残念すぎて、なのに満面の笑顔の安倍首相を見ていると、悲しみが込み上げてくるのだった。せめてトルコの大統領の「困っている人がいたら助けなればならない」くらい言えないのかな、と思ったのだが、この国は困ってる人=難民をほとんど助けていないのだから、そんなこと言う資格などないか、とまた悲しくなったのだった。2015年の難民認定申請者7586人に対し、認定されたのはわずか27人である。私たちは、とても特殊な国に住んでいる。(2017年2月15日「雨宮処凛がゆく!」より転載)